春の職人

寒の戻りの夜
川を染める街明かり
岸辺の草花と水の匂い
外の静寂に佇めば
内の静寂もかさを増す 

大きな一塊りの
堂々として動かないもの
それは小さな静寂の集積であっても
既に動じず安心できるこころの
模写になる

静かな夜の川がゆく
何を得ているとも知れず
とくに詩も生まれてこない

引きかえした帰り路
バスが轟音を運んで
静寂を破る

同時に、描かれつつあった
広くて大きい領域が
少しだけ欠けて
輪郭を見せた

揺れ動いた拍子に
何かが風景の中から
浮き上がってくるように

知らず知らず
言葉に微塵もできぬまま
むしろそのことで
描かれていた
ひとつながりの詩

夜の川面が描く
静かで大きな心の隙間
すべての意味ある側を支える 
透明なブロック

小説家より
詩人より

たやすく目撃者に入りこみ
ことばよりも巧みに
頭の後ろを描く

己が仕事に満足をして
声高に主張することもしない
昔気質の職人のような
春の夜のひと時

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