雅楽、音楽

雅楽は音を吸収する
ドレミにはまらぬ全音を許す
ちょうど庭の借景のように
背後の自然の気配を調べに映す

すでにあったものを噛み砕いて
居合わす人の目を向けさせる  
透き通って染み渡るものは
音楽のなかに溶け込む
草木の香るきれいな空気の気配だ

演奏は外で聴くのがいい

空気にも味がある
自然の気配が味になる
それが雑音を減らして理性を高める
そういう甘露を描くのが雅楽

オーケストラはホールの壁で音をたって
ただ楽器の音だけで描けるものを描く
その旋律でえがけるものだけをえがく

雅楽は外で演奏する
あえて囲わずに外を招く
壁はなく、世界が舞台の一部分
外の空気も吸い込んでゆく
楽器の音は、その調べの片側に過ぎず
その尊い場所の澄んだ気配が
残りの円の片側をうめる

気配の音楽
半分は場所が奏でる
調べはかすれて空気に流れる
なにものかを示し
呼気の気配は命の強さの影絵をなす
円の一部は音だけど
自然の気配も人の気配も
あえて重ねて
それで一つ

西洋の絵は対象を描く 
いわば曇りのない絵画

日本の絵は対象と、それを包む世界と、
それに目を向けるものの姿を渾然と描く

それは現実なかに
微細で浄化された真の形や、
あるいは穏やかな優しさを
まなざしに宿すための
いっときのトレースになる

そうして最後に血肉になる
外側の鑑賞ではなくて
己の静寂のかさを増やして
音楽は、
否、調べは
その一筆の円環を閉じて
一曲となる

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