美しい国

ある美しい国があった
公園に親子連れがいて
幼い子供のそばを
蝶が横切っていった

子供はたいそう面白そうにみた
蝶のふらふらする飛び方も
また、周囲のなにげない草むらも
それらが全部、知らないものだったから
予測できない、新しい出来事を
不思議な秘密を
頭と心と五感の統一体を、温めることを
現実で そこでしか得られない
体温のようなものをもった
親しい天上のまどかなものの声を
それらすべてから聞いて飽きなかった

そういうとき彼の親は
それを愛でることをした
そこに込められた意味を
どのくらい知っていたかは定かではないが
よくあるように、子供と世界の交わす
会話を乱暴に切り上げさせるようなことはしなかった

子供は声を胸に秘めたまま、
声をわすれずに育った

そんな歴史の風景が
このごろ、すこしずつ減っているようで
エンデのいう虚無の増殖に拍車がかかる

こどもたちに多くを語り
言葉よりも 質の 高い、
言葉に本質を与えるものは
いまスクリーンのうみだす陳腐な世界に
取って代わられた

そこには言葉以前の内容は納められずに
かろうじて文字にした言葉に
まるで活きた味はなく
おそろしく感覚を限定された、
単純な風景が、
そこここでだれかを飲み込んでいる
そして、その種の単純さこそが
大切な声をいやおうなく遠ざけ
情の豊かで優しい場所を
荒らしていることに
君たちは気がついているか

現代のこの国
多くの悪を経験してきた世界からすれば
これは血も流れず、その視点からは平和

けれど確かに、その内面世界において
ウイルスのように、人をむしばむもの
見えない血を流させるもの
音もなく、見もさせず
気づかれないままに

あるべきもの
数億年来も友であり、師であった
世界という 己の分身、ないし一部が
明滅を続ける己をつくる食べものが
日々更新される、新しくて刺激的なものに
窮屈に、隅へ押しやられている

内面にあふれた血溜まりが
あるとき防波堤の皮膚を突き破って
外の世界の惨劇として
現実の形にならないことを
願うばかりだ

もう既に、外へも侵食している
けれども、いまなら
舵を切れば
いまなら

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