いまだ言葉ではないこと

知らないと言いながら なぜ空をあおぐのだ
信じないなら なぜ河岸に座るのだ
知っていながら なぜ信じないと言うのだ

それが未だ言葉ではないということ
まだ知られていないと言う事
けれどその自分自身のもっと中から
時の彼方から
僕らが知らされている
授けられた幸いがある

夜空の星も語る
あのネオンの看板でさえも
言葉少なながらに語る

聞こえているのは 幼い子どもや
動物だけ、植物だけ
言葉をもった人は、
知り過ぎた言葉のなかに埋もれて

本当の言葉が目の前を横切っても
それも何千何万何億と 顔の前を横切っても
もう、見ないでいます

ただ花を愛で
空の光を喜び
夜空の優しさに心和ませ
そういう時間は
無駄ではなくて
田舎でもなくて
本当に最先端のかっこのいいやりかたなのだと
カッコよく言える人が いるんだろうな

百人の内の一人が成功すればよい
そういう試みの一つでありたいと
いまも、願う

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