哲学者はまず観察し思考が後だという
僕はそうは思わない
川のさざなみをみている
そのまさにそのとき
ぼくに語りかける何かがある
音によることばと
目に訴える言葉がある
流れていく波の小山の
1つ1つが
その時々に夕陽を
違った風に照り返して
そしてその様子の一つ一つは
紛れもなく清浄な言葉だ
まさに現象と同時に語られる言葉だ
その瞬間瞬間に
僕の認識を正しく緻密にする
歪に割れかけた心を、正しさに清めていく
そんな音のない言葉だ
消して観察が先ではない
見えている何かが
即座に真実を表す
真実の形は、心や理性にとって
たとえば習字のお手本で
手本が横にある日常は
稚拙な僕らには、その分だけ味わい深い
手本の分だけ、そのひとは理想を知っている
たいてい、そのことに認識がなかったとしても
大人の社会で、認識されなかったことは搔き消される
そういうのが資本主義による
精神と時間の搾取ならば
せめて認識により守っていけ
哲学は、はやく心を守れるだけの
強いものになれ
幸福の解を指し示す
優しい科学になれ